四国旅行||四万十川・大歩危峡遊覧の旅

四国へツアー旅行

11月25日(水)から3日間四国へツアーで旅行する
ツアー客は総勢41名で、私は家内と2人である
早朝5時に起床して、JR穂積駅発6時30分の電車に乗るため
5時40分に車で家を出て、コイン駐車場に車をとめる
無事電車に乗り名古屋に向かう
名古屋駅で改札口を出る時ついうっかりして、新幹線の改札口に切符を入れて
新幹線側に入ってしまった、
駅員に事情を話して切符を戻してもらい、何とか外に出る事が出来た
ぎりぎり集合時間に間に合い、無事新幹線に乗車して一路岡山に向かい
旅の始まりである

岡山駅からマリーンライナーでJR高松駅に向かう
フェリーで四国に渡った事は何度かあるが、JRで渡るのは始めてである
海の上に掛けられた橋のスケールに圧倒される

高松駅に着くと、観光バスに乗り込み、流暢なガイドの案内で四国の旅が始まる

栗林公園A

栗林公園

高校の修学旅行で訪れただけで、何となく記憶に残っている所もあったが
池の水面に映る松の姿に感動する
途中園内で花嫁と新郎の写真撮影が行われているのを見てハッピーになる

大歩危峡

大歩危A

大歩危は徳島県の三好市を流れる吉野川の中流にある渓谷で
下流にある小歩危と合わせて「大歩危小歩危」として知られている

何でも「ほけ」とは断崖を表す古い言葉だそうで、大歩危は
「大きな断崖」、小歩危は「小さな断崖」といったところなのか
吉野川は「四国三郎」の別名もあるように暴れ川として知られ幾多の
水害を流域の街々に及ぼしているようで、大雨が降るとこの地域は土砂崩れ
落石が起こるため通行止めが繰り返されているようで
駐車場横の民家の外壁に、水害でここまで増水で水が来たと
青いラインで表示していた
普段は渓谷美の観光船やラフティングのメッカとして多くの
観光客が訪れているとのことです

あいにくの小雨模様の天気でしたが
約30分の遊覧船からの大歩危峡観光でした
ライオンの横顔に見える獅子岩なども見ることが出来て
流暢な船頭さんの説明とたくみな船さばきでで吉野川が氾濫した時の川の
高さも知る事が出来た
途中ゴーと音をたてて通り抜ける土佐線の列車の姿も見る事ができた
のんびりと吉野川の源流を間近で楽しみ、大歩危峡の岩の造形美をまた違う
角度から見上げて楽しめた

かずら橋

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祖谷のかずら橋(国指定重要有形民俗文化財)
大歩危峡から更に吉野を遡り支流の祖谷川に架けられているのがかずら橋で
冬場の厳寒な山野で採取した自生のつる性植物「別名シラクチカズラ」を
編み連ねて創られる
当時の人々には大切な生活路として祖谷川各所に架けられていたそうですが
今では西祖谷山村の「祖谷のかずら橋」 と
東祖谷の「奥祖谷二重かずら橋」を残すのみとなっている
かずら橋の由来は、祖谷に巡行された弘法大師が困っている村人の為に
作ったという説や、追っ手から逃れる平家の落人が楽に切り落とせるよう
シラクチカズラで作ったという説等諸説が残っていると説明を受けた
村人によって護られてきたかずら橋は、訪れた人々に遠い昔の祖先の暮らしを
感じさせてくれる

a href=”http://eyenami.com/wp/wp-content/uploads/2015/11/かずら橋.jpg”>かずら橋

日本三奇橋のひとつとして知られている橋は、重さ約5トンにもなる
シラクチカズラで作られおり、3年毎に架け替えが行なわれている

全長45m、幅2m、川底から14mの所にかずらを寄り合わせ
「さる木」と呼ばれる床板を敷いて架けられているが
さる木は結構間隔があるので、足元に気をつけないと足が間に挟まってしまう

野生かずらの減少と安全の為、現在ではワイヤーで補強されているようですけが
歩き出すとすぐに揺れだし、下を見れば祖谷川の流れが丸見えで
高所恐怖症の人にはとても渡れそうにない状態です
橋は一方通行となっており渡りだして怖いからといっても橋のところに
係員が監視しているので、戻る事は出来ないので勇気をもって渡るしかない

びわの滝

かずら橋を渡りきり、上流側に50m位歩くと
平家の落人達が古都の生活をしのび琵琶を奏で
つれづれを慰めあったと伝えられたという
落差50m位の美しい、ちいさな滝をみる事が出来る

桂浜(二日目)

坂本龍馬

PB260319 (2)

浦戸湾口、龍頭[りゅうず]岬と龍王岬の間に、弓状にひろがる海岸で
高知県を代表する景勝地の一つとなっている

背後に茂り合う松の緑と、海浜の五色の小砂利
紺碧の海が箱庭のように調和する見事な景勝地である
古来より月の名所として知られ
“月の名所は桂浜……”と「よさこい節」にも唄われている

朝の早い時間に訪れたので、身体中に闘犬で噛まれたと思われる傷が盛り上がった
土佐犬が飼い主と散歩している姿も見られた
かなり迫力のある、姿であった

東端の龍頭岬には幕末の志士坂本龍馬の銅像が太平洋の荒波に向かって立っている
海浜一帯は「桂浜公園」となっており、公園内には売店が並び
闘犬センターや水族館がある
また山手には坂本龍馬記念館もある

風情ある屋形船で四万十川をのんびり遊覧

ゆったりと流れる清流を間近に眺めながら、仕出し弁当を食べながら
船頭さんの、素朴でユウモアー溢れる話術で
沈下橋や伝統漁法である投網漁や柴漬漁など
四万十川の風物詩を聞きながら、遊覧船を楽しむ
船頭さんがほんと何もないですよの言葉通り
廻りは紅葉も殆ど無く、茂った女竹の林が続く両岸である
船頭さんの巧みな話術と透き通た水とエンジンを止めると
物音がしないシーンと静まり返った静寂だけである

道後温泉(宿泊)

<道後温泉A

食事後宿泊先のボンネットバスで、本館の温泉に入る為向かう
道後温泉も高校の修学旅行で訪れた事があるだけで
本館の門構えがかすかに記憶に残っていた
源泉かけ流しの湯にゆったりとつかり、ホテルに戻る

松山城(3日目)

松山城は、松山市の中心部である標高132mの城山(勝山)山頂に本丸があり
裾野に二之丸にのまる(二之丸史跡庭園にのまるしせきていえん)
三之丸(堀之内)がある、広大な平山城である

加藤嘉明かとうよしあき公が1602年から築城を開始し、わが国の築城史上
最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で
「現存12天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有している
加藤氏は、城の完成前に会津藩へ転封となり、蒲生氏を経て1635年から
明治維新までの235年間に渡り、親藩大名であった松平家の居城となった

わが国最後の完全な城郭建築と言われている大天守の最上階からは
360度眺望がひらけ、松山平野まつやまへいやや瀬戸内海などを
見渡すことができる

日本で唯一現存している望楼型二重櫓ぼうろうがたにじゅうやぐらである野原櫓や
「現存12天守」の城郭では松山城と彦根城しか存在が確認されていない
韓国の倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸にのまるから
本丸にかけてあり、また、堀之内を含む城山公園全体が国の史跡で
「日本さくら名所100選(平成元年)」や
「日本の歴史公園100選(平成18年)」の指定も受けている

松山城ロープウェイ東雲口駅舎1階には
(財)松山観光コンベンション協会による観光案内所が設置されているので
観光情報を得るのにとても便利である

ただしこれだけ大きなビルなのに、お土産売り場とか、売店が全く無いので
もう少し有効利用をしたほうがと思った

ビルの外に若干お店があるので、お土産とかコーヒーを飲む事は出来る

昼食

昼食は1000万円以上する錦鯉が池で泳ぐり、りんりんパークという
果物市場で、なぜふぐ料理か解らないが昼食をたべる
昭和のレトロをかんじさせる建物だが、食事の味は大変よかった

霊峰石鎚山

ロープウェー

石鎚山B

石鎚山

駐車場からロープウェー乗り場迄、5分程小さな祠や
営業していないお店を見ながら坂道をのぼる
終点の成就駅は積雪が20センチ以上あるそうで
乗客が無いので、ロープウェーは停止中の状態
終点迄行って帰ってくると条件で、乗り込む
成就駅側に乗客が無いので、ロープウェーのスピードが通状の状態の
半分程度の運転なのでかなり遅い
もみの木にかぶった雪景色や遠くに見える瀬戸内海をみながら
成就駅に着くと一面雪景色である
新雪を踏みしめて、しばらく雪の中を散歩すると、登ってきた時と
同じようにゆっくりとロープウェーの下谷駅に戻る

雪の為リフトを使用して標高1,400Mの展望台や石鎚神社には行けなかった

石鎚山(いしづちさん、いしづちやま)は、四国山地西部に位置する
標高1,982mの山で、近畿以西の西日本最高峰で
愛媛県西条市と久万高原町の境界に位置する
石鉄山、石鈇山、石土山、石槌山あるいは伊予の高嶺などとも表記される
『日本霊異記』には「石槌山」と記され、延喜式の神名帳では
「石鉄神社」と記されている

石鎚山登山では標高1,982Mの天狗岳に登る事が出来る

石鎚山が雪の為上で散策ができず一寸残念だったが、帰途につく
帰りはJR坂出駅からマリンライナーに乗車
岡山駅から新幹線に乗り換え、帰途につく

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