舛添さんが |公明党|に見捨てられた本当の理由 とは

都議会8

舛添さんが
「公明党」に見捨てられた本当の理由

{よろしければこちらの動画をご覧ください}

「文春」の報道から1カ月以上にわたって
メディアリンチや都議会の追及も
馬耳東風と受け流し

常人ならばストレスで髪の毛が
すべて抜け落ちてしまいそうな
壮絶な戦いに耐え抜いた舛添要一東京都知事が
なぜここにきて急に
辞任してしまったのだろうか

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日テレニュースによると
辞意を固めた直後、本人が

「公明党のせいだ」
「公明党に裏切られた」と
愚痴をこぼしたとされる

舛添知事は周辺に対して
「リオオリンピックまで何とか
続けたかったが
公明党が聞かなかった

それで自民党が不信任案を
引くに引けなくなった」などと
話したとされる

これが事実かどうかはともかく
話としては非常に説得力がある

今回の騒動で明らかに
「潮目」が変わったのは6月13日の
総務委員会で
公明党の松葉多美子都議が
「辞任」を迫ったことに始まる

松葉議員は

昨年9月に豪雨で鬼怒川が
決壊し都内の一部でも避難勧告が
発令された後
舛添さんがいつものように公用車で
別荘へ向かったと事実を公表し
「危機管理意識が甘い
責任感が欠如している」と批判した

また、公明党が東日本大震災の
被災地へ訪問を何度も促してきたのに
舛添さんは全く興味を示さなかった
にもかかわらず
1年間に49回も湯河原通いを
していたことにも触れ

「知事は震災からの復興五輪を
語る資格はない辞職すべきだ」と
松葉議員は追及した

公明党の最後通告はネット上でも
「こういうのを追及という」
「いいぞ、公明党」とかなり
話題になっていた

松葉議員の質問が鋭かったと事もあるが
あそこまで取り乱したのはもうひとつ
大きな理由があるとされる

この時点迄舛添さんにとって
公明党は誰よりも信頼できる
「味方」であり
都知事のイスを与えたくれた
「恩人」でもあったはずである

鉄のハートをもつ男も、これで
「終わった」と感じたのだろうか

猪瀬さんが辞任後
都知事選に名乗りをあげた
舛添さんに対して当初自民党は冷たかった

厚労大臣で知名度が上がるや否や
自民党の歴史的使命は終わった」と
サクッと離党届を提出
後ろ足で砂をかけるように
「新党改革」を
立ち上げた“裏切り者”だったからで

一枚岩になれなかった自民党に代わって
鉄の結束で舛添さんを支えたのが公明党だ

ちなみに、日野市には
窪田知子さんという公明市議が
いるがその「応援団」には
「舛添政治経済研究所
代表 舛添雅美」という人物が
名を連ねているが舛添さんの奥方である

窪田知子後援会の激励する会」には
舛添さん本人も「友情参加」を
したこともある

その公明党から辞職を宣告されたら
さすがに鉄のハートをもつ男も
「終わった」と思うだろう

公明が離れれば積極的に支援をしていた
訳ではない、自民もそこまで
かばいだてする「義理」はないと
手を引いてしまった

公明党が舛添さんを見切った理由

都議会5

では、なぜ公明党は舛添さんを
見限ってしまったのか

なかなか態度を決めかねていた
自民党に対しあそこまで威勢よく
「辞任」をせまったのは舛添さんが
「奥多摩」をディスったことが
原因ではないかと言われている

神奈川・湯河原町の別荘へ公用車通いが
発覚した直後
論破モードで登壇をしていた舛添さんは

「別荘にいる時に首都直下地震が
起きたらどうするんだ」という
記者からの質問に対して

「全く問題ありません
奥多摩よりも、おそらく早く帰ってこられる
少なくとも時間・距離的に言うと早いです
湯河原の方が」

ただ、この「失言」に対して
奥多摩の住人の方々たちが
イラッとしただけでなく

学会員のみなさんにとって、
「奥多摩」は特別な意味をもつ
場所なのである

多摩地域を管轄する創価学会
第2総東京のWebサイトによると

第2総東京と創価の師弟の淵源は
1930年創価学会創立の
9月24日牧口常三郎初代会長が
奥多摩・氷川の地を訪れている

その後
戸田城聖第2代会長は
八王子の地を訪れた際
「将来、ここに平和・文化の
一大拠点を築きたい」と
語ったとさされる

その恩師の言葉を胸に刻んだ
池田大作名誉会長は
緑と人材あふれる多摩地域に
限りない未来の可能性を見い出し
常々「三多摩の時代が必ず来る」と
語っているとされる

都知事になった舛添さんは「三多摩軽視」

つまり、学会員にとって
奥多摩は
『三代会長の魂が脈打つ師弟有縁の天地』(Webサイトより)とされている

そんな特別な場所を
「別荘通い」を正当化するために
引き合いに出したら――

学会員で無い人は「奥多摩が遠い」と口を
滑らせたくらいでそんなに
怒らないのではと思うかもしれないが

しかし三多摩エリアの学会員のみなさんが抱く
「知事に対する不信感」がピークに達していたことが大きいかも知れない

都議会4

2014年の都知事選で舛添さんは
池田大作名誉会長の
「三多摩の時代が必ず来る」と
いう言葉と妙にかぶるこんな公約を掲げていた

「これまでの都知事は三多摩地区を
軽視してきた
東京23区だけが東京じゃない」
「三多摩地域の発展なくして東京の発展なし」

三多摩地域の方は、もちろん創価学会の皆も、これには大いに期待をした

創価学会は「信濃町」の
イメージが強いかもしれないが
実は三多摩エリアにも
創価大学(八王子)
創価学園(小平市)
東京牧口記念会館(八王子)など
学会施設が集中しており
公明党支持者も多い

例えば、八王子市議会では
10議席を公明党が占めている

だが、都知事になった舛添さんは手の
平返しで、露骨なまでに
「三多摩軽視」を犯してしまう

池田名誉会長が掲げた「三多摩の時代」を
猛アピールするも当選したら寄りつきもしない

湯河原通いを批判されれば三代会長の
縁のある「奥多摩」を引き合いに出して
正当化しようとする

このような不誠実な姿をさらけ出したら
信心深い創価学会の方からすると
心情はいかがな物であろうか

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