あさが来た好評の風吹ジュン 年下恋人と手つなぎラブラブ

風吹ジュンB

風に吹かれてふらっと京都から銀座に

1971年、巻き髪のロングヘアに
ホットパンツからすらりと伸びた足
元祖あひる唇で
舌足らずな可愛い女の子が
銀座のクラブでタレントにスカウトされた

風に吹かれてふらっと京都から銀座に
現れたのではと思わせるような
そんな彼女に

風吹、そして語呂合わせにジュンという
芸名をもらったその女の子こそ
風吹ジュンである

京都から風に運ばれてデビューした少女が

そのキュートな容姿で、1973年
初代ユニチカマスコットガールに選ばれた風吹ジュン
さらに有名カメラマン
デイヴィッド・ハミルトンが撮った
ソフトフォーカスの写真集が男性誌を飾ると
爆発的な人気となる

風吹ジュンは
今で言うグラビアアイドルだった

そして1974年
「愛がはじまる時」で歌手デビュー
舌足らずの歌があまりにへたくそだったせいで
かえって人気に拍車がかかる

しかし人気もつかの間
風吹ジュンが暴力団員に誘拐され
警察が出動するという大騒動が勃発
三つ巴の事務所移籍問題が原因で

当時の芸能界の暗部を白日にさらす
スキャンダルに巻き込まれてしまった

風吹ジュンは
アイドルとして、人気が急落するが
その後彼女の
独特の存在感で女優の道を歩むこととなる

風吹は1981年音楽プロデューサーと結婚

1男1女に恵まれたものの
川添氏の逮捕、女性問題が原因となり、
1992年に離婚

以来、女手ひとつで2人の子供を育てながら
女優業もこなし
恋愛をする時間もない多忙な日々だった

2002年に出版したエッセイ「コツコツドカン」の中で

風吹ジュンは

「恋愛するなら何もかも捨てて走りたい~けど
子供を捨てて走る勇気はなし」と語ったとおり
シングルマザーとして仕事に打ち込んできた

しかし、その子供たちも成人したせいか
風吹は2011年12月に健康雑誌のインタビューにおいて

定期検査で、ホルモンバランスなどの総合的な数値が
急にアップしたことを明かした
血液はサラサラで体調は万全
おまけに体重が減って
ウエストがきゅっとくびれて細くなったというのだ
その理由についてこう話していた

「原因は何だろう
いや、これしかない実は私、今、
恋をしているのであります
あり得ないと思っていただけに自分がいちばん驚いています」

「穏やかで温かい関係を築いています」と交際宣言をしたが
その相手はAさんだった

風吹は1992年に離婚した後
22年間再婚が報じられたことはない

「Aさんは風吹さんの仕事現場にもお迎えに行ったりしていて
公私ともにパートナーですよ

つきあいはもう3~4年になりますが
最近、風吹さんのお子さんが独立して
ふたりの時間が増えたようで
今までにも増してラブラブなようですね」と
芸能関係者の記者は語っている
出典:女性セブン

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『あさが来た』好評の風吹ジュン

年下恋人と手つなぎラブラブ

NHK連続テレビ小説『あさが来た』に
出演中の女優・風吹ジュン(63才)の手つなぎ
ラブラブ現場をフォーカス

日を追うごとに視聴率が上がる『あさが来た』
12月4日には27.2%の自己最高を記録し
『あまちゃん』も超えた

物語は折り返しを迎えるが
あさ(波瑠・24才)の出産や
はつ(宮崎あおい・30才)との別れ
炭坑の爆発事故などますます目が離せない

そんな中、いつもどこかほっとさせてくれるのが
あさが嫁いだ加野屋の主人で
“理想の舅”といわれる正吉(近藤正臣・73才)と
その妻・よの(風吹ジュン)である

よのは子供を授からないまま仕事ばかりに
没頭するあさに小言を言ったり
それならば妾を迎えようと奔走したり活躍するのだが
その天然な姑ぶりが話題を呼んでいる

現在、『あさが来た』は大阪にある
NHKスタジオで撮影が続いているが
基本は土日が撮影は休み
風吹はオフになるととんぼ返りで東京に戻るという

「波瑠さんなど大阪にとどまる出演者もいますが
風吹さんは必ず帰っているようですね
それはもう最愛の恋人がいるからでしょう

60才を過ぎてあんなにカワイイ
恋する女性でいられるって
なんだかうらやましいくらいです」と
ドラマ関係者は語っている

12月上旬、週末の夜
渋谷の自宅マンションから年下の男性と
手をつないで出る風吹の姿があった

向かった先は近所のコンビニ

青いニット、足元は素足にサンダルで
部屋着姿の彼に
袢纏調のジャンパーを羽織った風吹が
ピッタリと寄り添

買い物を済ませて出てきたふたりは
再び手をつなぐと
自宅マンションに戻っていった

「ああ、あそこのご夫婦ね
いつもふたりで近所を散歩したり
スーパーで買い物をしています

見ると必ず手をしっかりつないでいるのよね
本当に仲がよくて、しっとりと理想的な
夫婦って雰囲気ですよ」と近隣の住人は話していた

相手は自分で会社を経営するAさん
彼は風吹より少し年下で
現在はAさんが風吹の自宅で過ごすことも多く
夫婦同然の生活を送っているという

その恋人は2014年7月の「女性セブン」に
激写された人物と同じで

「身長175センチぐらいでスキンヘッドの年下の彼氏
間違いなく2011年から続く恋愛が進行中で

風吹の自宅に通い婚状態です
最近も、風吹を助手席に乗せて車を
運転している姿がたびたび目撃されています」とは芸能記者

そんな風吹だが、仕事のほうも絶好調である
綾瀬はるかと長澤まさみの共演で話題の
2015年6月に公開の映画「海街diary」に出演する他

女優業にとどまらず、Eテレで放送中の
「団塊スタイル」の司会も務めるなど
還暦を超えて、活躍の場を広げている

風吹ジュンBCPNG

芸能ジャーナリストの二田一比古氏が

「名女優の中には、死ぬまで恋をしていた人が多い
風吹さんも透明感や凛とした美しさは
まったく失われていません
それは、プライベートが充実しているからなんでしょうね」

恋に仕事に多忙な生活を送る風吹だが
その知人がこんな話を明かす

「中国茶にすっかりハマってしまい
この10年ぐらいは年に2,3回
浙江省や雲南省などに足を運び
標高2000メートル級の険しい山に登って
山中に生息する中国茶の原木を見に行くことを
ライフワークにしているんです

そんな過酷な旅に行かなくても
茶葉は購入できるのに『どうして?』って聞いたら
彼女は
『中国茶には心と体をキレイにする力があるの』って言うんです」

風吹ジュンが還暦を過ぎてもいまだに
美貌と年下男をしっかりキープ出来るのは
この中国茶のおかげなのだろうか

「美の基本は、私らしさとリラックスです
そのキレイの基は、元気でいること
元気がないと

おしゃれをするエネルギーも美も生まれてこないですからね
50代は、いい意味で”女”から解放されて
自分らしく豊かに生きられる世代です
私、20代よりも、40代よりも、今が元気なんです」

そう話すのは、明るい美しさで輝き続ける
女優・風吹ジュン
風吹は、その美の基本を
“自分らしさとリラックス”だと語る

20代で颯爽と登場し
時代のミューズとなった風吹だったが
40代は、離婚、子育て、母の看取り
さらに多忙な女優業の日々で
疲れもピークに達していたそうだ

「苦しかった時期を乗り越えられたのは
子どもがいてくれたから
どんなに大変なときも

『人生は捨てたものではない』

と思えたんです
家族の存在は本当にありがたい
子供たちにちゃんと向き合ってきてよかったと
しみじみ思います」と
自分の歩んで来た道をしみじみと語っている

風吹ジュンの元夫・川添象郎との離婚原因は

風吹ジュンは1981年に結婚するが
この結婚相手は
明治の元勲後藤象二郎伯爵を祖父に
持つ川添浩史の息子

川添浩史の息子で
川添象郎は

YMOや荒井由美の音楽プロデューサーを務めただけでなく
イヴ・サンローランやピエール・カルダンの
日本におけるコンサルティングや
さまざまなイベント・空間プロデューサーとして
一世を風靡する

風吹ジュンは
川添象郎との間に一男一女をもうけるが

川添の女遊びや放蕩生活は想像を絶するものがあり
1992年に離婚

川添象郎は離婚後
バブル崩壊とともに没落

麻薬所持や恐喝傷害事件などを何度も引き起こした上
2014年
懲役2年の実刑判決を受け、いままだ収監中である

キャンティに関連する逸話

風吹ジュンA

三島由紀夫が割腹自殺する前の晩に夕食を食べたのがキャンティで
キャンティを「最後の晩餐」として選んだ

川端康成はキャンティで加賀まりこに出会い
一時期は一緒に朝食をとる仲だったとも

荒井由実(松任谷由実)は
中学生時代に実家の八王子からキャンティに通い
芸能界の重鎮を捕まえては自分の歌を披露し
デビューのチャンスを勝ち取った

彼女はその当時、まだ中学生で
自宅は八王子にあって
毎週六本木まで電車で通っていたそうです
彼女の目的はただひとつ
音楽界のお偉いさんに、自分の歌を聞いてもらいたい
そして、デビューしたい
実際に、彼女はお客としてきている
音楽業界の関係者を捕まえて
自分の歌を披露します
その声は、完成されたものではありませんでしたが
とても、心に響く声でした
彼女は、見初めれ
本当にレコードデビューしてしまった

日本のイタリアンレストランの草分け

【キャンティ(Chianti)という店名は
イタリアはトスカーナ州の
キャンティ地区に由来している
キャンティ地区は古くからワイン製造で有名な地域】

まだイタリアンレストランなど
皆無に近かった東京において
創業者の川添浩史と妻の梶子は

豊富な海外経験を元に
美味しい料理はもちろんのこと
主人と客同士が語り合いくつろげる
ヨーロッパ風のサロンを作りたいと考えた

創業者の川添浩史は

かつては(旧)高松宮家の宣仁親王の
国際関係特別秘書官を務め
その後高松宮邸内に創業された
光輪閣の支配人を務めていた

この時に築いた交友関係がのちの
キャンティブームにつながっている

店の設計はル・コルビュジエの
最後の弟子として有名な村田豊
そして内装のデザインは
彫刻家エミリオ・グレコに
師事したこともある川添の妻・梶子が担当

村田豊は川添の古くからの友人だったそうで
ここでも川添の交友関係の広さがうかがえる

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