ジミー大西 絵画|駆ける|チャリティで参加 大阪マラソン

ジミー大西A

本業について驚きの本音が飛び出す

「最近、絵を描くのがしんどいんですよ
自分の作品を見るのがいやになってきてるんです
前までは達成感があって『やったー』となったんですが
今は『しんどい思いしたよな』というのが出てきてて
もう疲れてきてんのかな」

その言葉の裏には
自身の境遇や作品に対する葛藤が

「もちろん評価されたり
賞をもらえたりしたら、うれしい
でも、デッサン力のない自分が寂しくなりますね

画家としての葛藤

「ジミーちゃん」の愛称で慕われた芸人から
「画伯」へと転向し、はや20年近くがたった

画家に専念するためメディアへの露出は減り
近年は芸人時代の縁でテレビ番組などに出演する程度

『これでいいんかな、悪いことしてるな』って
人物画とかを描けるようになったら
ちいとは胸を張れるんかなと思うんやけど
今は自分が持っている技法なり世界観なりで
新たに挑戦していこうという意気込みだけしかないですね」

世間の評価におごることなく
創作活動を追求し続ける姿に
画家としての生き方を垣間見る事が出来る

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「自然と人が寄ってくるせいじくんの
言動を少しでも盗めたら」

2016年1月22日(金)
「世界の村で発見!こんなところに日本人」
(ABC・テレビ朝日系)で

千原せいじとジミー大西による
「アフリカ54カ国に住む日本人全員に会いにいきます!」が
放送された

今回のアフリカ旅には
「自然と人が寄ってくるせいじくんの言動を少しでも盗めたら」と
自ら志願したというジミー大西が参加
せいじとともにアフリカ南東部にあるモザンビーク共和国で
日本人捜しをする

旅の初日、首都マプトを観光する2人は市民の台所
シケレニ市場へ
薬草、乾燥ヒトデ、獣の足などが並ぶ薬屋に
目を引かれたジミーは

ジミー大西E

「4分くらいで効くよ」と店主に勧められた怪しい精力剤を購入
ホテルに戻るなり
「俺、試してみるわ」と勇んで試飲したジミーは
「メッチャ苦い!」と悶絶する

翌日、日本人がいると聞いたナティティ地区に向けて
出発したせいじたち
しかし「カメラやパスポートはすぐに盗まれるぞ」と
地元人も顔色を変えるほど治安の悪いエリアに
旅慣れたせいじにも

「やばい雰囲気や、ロケするのは危ないな」と
緊張感が走る
そんな中

1人の子供の案内でとある日本人女性のもとにたどり着く
スラム街の改革を目指してひたむきにがんばる姿に
「前向きでガッツがある」と感心したジミーは
彼女が手作りで建てているという寺子屋の看板を描き
ジミーの傑作画に現地の子供たちも大喜びした

今どこを拠点に活動されているのか

ジミー大西
「詳しいことはちょっと言えませんけど
奥さんと2人で山奥に住んでます
シカが出てくるような
夏場でもクーラーいらずです」

静かな山奥のアトリエなら
創作活動に没頭出来る

ジミー大西
「そんなええもんちゃいます
台所でカレーライスとか作りながら描いてますよ
大変ですよ、すぐに草が生えてくるから
しょっちゅう抜かんといかん
虫は入ってくるし
ムカデとかも退治せなあきません」

なぜ、わざわざ人里離れた場所に

ジミー大西
「都市部は物価が高いから
(自宅の近くなら)レタス1玉89円ですよ
安いでしょ? 普通、数百円くらいしますよ
でも、家からスーパーまで車で30~40分
ガソリン代は往復で1000円近くかかります」

謎は深まるばかりで
少年時代には絵にまったく興味がなかった

ジミー大西
「勉強もできませんでした
お母さんにはいつも『あんたの通信簿はマラソンやね
イチ、ニ、イチ、ニばっかりで』とあきれられました」

高校の教師のすすめで卒業後
吉本興業に入り
明石家さんまらに目をかけられ
「天然ボケ」のキャラクターを開花させた

画家としての才能を見いだしたのは

あるバラエティー番組がきっかけで
チャリティーオークションの企画で
「オチ」として絵を出品したところ33万円の値が付き
後日、番組を見ていた巨匠からエールが届いた

「岡本太郎先生から手紙をいただいたんです
『キャンバスからはみ出せ』と
作品を見てもらおうと思っていたら
お亡くなりになられた

養女の敏子さんに会いに行くと
『太郎さんはあなたの作品を見て笑っていた
がんばって絵を描けば』といわれ
絵描きになることを決めました」

親みたいな人と慕うさんまさんも

「好きなようにやったら、ええんちゃう」と
背中を押してくれたが
絵の技術を学びたいと相談すると

「おまえが習ってどうすんねん
『描きたいけど描けない』という
おまえの味が消えてまうぞ」と
注意された

師匠の言葉を胸に画家として
敬愛するピカソの出生地
スペインを始点に世界各国を放浪

異国の芸術作品や街並み、自然に触発されながら
独学で色彩豊かな作品を数多く生みだしてきた

ここ数年は日本で活動しているが

「スペインは『かっぱえびせん』が600円もしたんですよ
コース料理も前菜からデザートまで待てない
やっぱり日本が一番、居心地いいですね」と語る

大会をイメージした絵画「駆ける」を発表

2015年10月25日に開催された大阪マラソンでは
PRする「チャリティアンバサダー」に就任
コブクロの小渕健太郎や
京都大学の山中伸弥教授らが名を連ねる

12日の組織委員会で、大会をイメージした絵画
「駆ける」を発表したが

互い八尾出身というジミー大西と松井府知事

ジミー大西L

会議終了後ジミーが再登場して
作品について2か月半かけて制作したことを
真面目に話す一方で
サプライズでマラソンに出て走ることも本人が発表

ジミー大西は松井知事とは同じ八尾市の出身で
同級生だということを明かしたうえで
「知事じゃなかったら、タメ口でしゃべってるとこです」と
笑って言えば
松井知事も「ジミーさんが画家じゃなかったら
ぼくもタメ口です」などと応酬する一幕もあった

独特の作風の絵画については全員一致で評価が高く
「カラフルで非常にいい絵です
欲しいです」などと松井知事は笑顔を見せていた

ジミー大西が芸術家になった理由

ジミー大西が絵を描き出すきっかけとなったのは
深夜テレビの企画からで

上岡龍太郎さんが司会を務める
「EXテレビ」において、絵を描いたところ
意外にも評価を受けたことに始まる

「君は画家になりなさい」と


今は亡き、芸術家の岡本太郎氏から
手紙をもらったこともあるようで
紫の絵の具もプレゼントされている

自身が書いた絵画が

100万単位の高値が付けられたため
吉本興業所属のまま
お笑い芸人から画家に転向する

ジミーは画家修業のため
スペインに滞在したこともあり
芸術家としての感性を磨いていった

今や、ジミーの才能は幅広い人びとに愛されており
画家としての仕事をざっとあげるだけでも
旧第一銀行のキャッシュカードと通帳
フランスのワイン
ボジョレーヌーボーのラベルなどがあり

さらに全国各地にジミーによって作られた
巨大なモニュメントも存在している

ジミー大西・画家
1964年1月1日生まれ
大阪府出身
芸人として活躍後96年に引退し、画業に専念

スペインやブラジル、マルタなど
世界25カ国で活動し帰国
絵画のほかに絵本やオブジェなどの立体作品も手掛ける
99年ブラジル・パラ州政府から文化功労賞を受賞
2003年作品がボージョレ・ヌーボーのラベルに採用される
05年には大阪ガスの創業100周年事業の一環で
天然ガスのタンカーに総面積約4000平方メートルの
世界最大級の作品が描かれた

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