クーデター失敗||首謀者と政権側が非難 する||ギュレン師とは

トルコ7
<トルコクーデターの動画の視聴もお願いします>
トルコで現地時間15日夜に
国軍の一部兵士らによって起こされた
クーデターの試みは

日付が変わった16日になって
クーデターの参加者が次々に投降し始め
16日正午にはエルドアン政権が
「クーデターは失敗に終わった」と
公式に発表した

クーデターに関与したとして
約3000人が逮捕されたが
エルドアン派と反エルドアン派の対立は
トルコ国外にも大きく
知れ渡たる事態になった

クーデターの背景に一体
何があったのだろうか

今回の動きの背景やなぜこの時期に
決起したかという点はよく分からない
ただ、軍の一部に
強権化を進めるエルドアン大統領に
対する不満があったのは事実と言える

トルコは軍人がつくった国家である

建国の父、ケマル・アタチュルクは
宗教が政治に絶対介入してはならないという
世俗主義(政教分離)の原則を打ち立てた
これに対し生粋のイスラム主義者である
エルドアン現大統領は憲法を改正し
この原則を崩したいと
考えているとされる

とはいえ、トルコの民衆は
エルドアン政権を支持し
与党・公正発展党(AKP)の
支持率は50%近いと言われる

この状況でクーデターを企てても
成功する見込みは殆どなかったであろう

トルコで過去3回のクーデターが
いずれも全軍一致で起こされたのに対し今回
、参謀総長が拉致されたとの
情報があることからも明らかなように
軍が割れていてクーデターではなく
軍の一部による単なる反乱に過ぎず
市民の目からすると一部が規律を
乱したと映ったであろう

近年、強権体制が進み
独裁色が増しているとの批判が
国内外で渦巻いていた

エルドアン大統領に対し
トルコ国内では
一部の軍・政府関係者からも大統領の
権力増大を危惧する声が出ていた

クーデターが始まった頃
エルドアン大統領は休暇で
トルコ南西部のリゾート地
マルマリスに滞在していたが
マルマリスでも爆発が発生したと
複数のメディアは伝えていた

当初、エルドアン大統領の動向が
伝えられず亡命の準備をしていると
いった未確認情報も流されていたが

iPhoneのフェイスタイム機能を使って
CNNトルコの番組に電話出演
臨時のテレビ中継が行われた

その中で「クーデターに参加した者は
重い代償を払うことになる」と
反政府派兵士らを強く非難した

エルドアン大統領はその後
航空機でイスタンブールに到着
報道陣に対して、自身がマルマリスで
暗殺の標的にされたと語っていた

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黒幕と名指しされた
宗教指導者ギュレン氏とは?

失敗に終わったクーデターの
キーパーソンとして名前が浮上したのが
アメリカ在住のトルコ人で
ギュレン氏を中心に『世俗主義』を
支持する穏健派とされ

今回のクーデターの企図の背後に
「ギュレン派」または「ギュレン運動と呼ばれる組織の
存在をいう専門家もいる

1960年代にトルコで始まった
ヒズメット運動は
教育活動や、貧困問題の解決に
力を入れており

科学教育や宗教教育を政府の
干渉なしに行える私立の教育機関が
トルコの国内外にいくつも作られた

ヒズメット運動は「奉仕」を
意味する言葉だが、ヒズメット運動は
リーダーのギュレン氏の名前を取って
『ギュレン運動』や『ギュレン教団』という名前でも呼ばれている

ヒズメット運動に対する見解は
トルコ国内でも二分しており
イスラム復興運動ではないかという
指摘から,トルコにおける政教分離の
原則を脅かす存在と批判する声もあるが

トルコ国内外に多くの学校を持ち
その多くが高い学力レベルで
知られている

病院や銀行、保険会社まで立ち上げた
ヒズメット運動はトルコの財界や
政界でも一定の影響力を持つ組織である

軍から財界まで、トルコ国内の
エリート層にも支持者が多いとされ
批判派からは
「世俗主義の否定を洗脳する団体」と
厳しい言葉で評されている

ギュレン氏は現在
米ペンシルバニア州在住で
アメリカ国内でもチャータースクールの運営を行っている

エルドアン政権はクーデターを裏で
操っていたのがギュレン氏だという
見解を示しすでにアメリカ政府に対して
ギュレン氏の身柄引き渡しを
要求している

トルコで15年にわたって
ジャーナリストとして働き
現在は米ニュージャージー州で暮らす
ジェームズ・キュネイト
セングルさんが
トルコで現在も大きな影響力を持つ
ギュレン氏について次の様に語っている

「もともとギュレンとエルドアンは
同志ともいえる間柄で
一緒に社会活動を行っていた
時期もあった

現在でもトルコ国内では影響力のある
宗教指導者のギュレンは
世俗主義を守り続けるトルコ政府に
嫌気がさし
エルドアンが大統領に選ばれる前に
アメリカに移り住んだ

エルドアンが大統領に就任してからも
両者の関係は良好であった

ギュレンも当初はエルドアンを
サポートしていたが
エルドアン自身も関与した汚職疑惑が
取りざたされると
それに憤慨したギュレンは

エルドアンと距離を置くようになり
エルドアンもギュレンを
煙たがるようになっていった

政府と軍の中には多くの
ギュレン派がおり
今回のクーデター失敗を機に
エルドアンは権力基盤を固めるうえで
邪魔な存在であった
ギュレン派を一掃する大義名分を
手にしたことになる」

と述べている

ギュレン氏の団体はクーデター
発生当初から
関与を否定する声明を出していたが

16日にペンシルバニア州で
記者会見した中でギュレン氏は

トルコ6

「クーデターはエルドアン陣営による
自作自演の可能性がある」


発言している

「自作自演」説を説明出来る資料は
何もないが
前述のセングルさんが指摘するように
エルドアン大統領が目の上の
たんこぶのような存在であった
ギュレン派を一掃するチャンスを
一夜にして手に入れた事実は
否定出来ない出来事である

レジェプ・タイップ・エルドアン
現大統領がもし失脚したらNATOや
EUとの関係に変化は生じるのだろうか

トルコが国際的な成長を遂げることが
できたのはエルドアンの手腕による
ところも大きいとされるが

ここ数年トルコ国内のミドルクラス
富裕層の人達からエルドアンの独裁は
やりすぎだという声も上がっていたが
エルドアンに対する批判は
ロジカルというよりも
感情的なものだったとされている

もしクーデターが成功していた場合
トルコがただの軍事独裁国家に
なってしまった可能性がある

国の規模や地政学的な観点からすると
トルコにおけるクーデターは
NATO加盟国
とりわけアメリカにとっては
頭の痛い問題となる

米軍による対ISIS攻撃の拠点として
使われているのはトルコ国内の
空軍基地であり
ロシアへのけん制としてもトルコの
NATO加盟は大きな意味を持っている

トルコは2005年からEU加盟に
関する交渉を開始してきただが
少数民族クルド人に対する
人権侵害などが問題視され
EUへの加盟は実現できていない

トルコのユルドゥルム首相は16日
クーデターに関与した兵士らの
処分について言及した際に
死刑制度復活もありうることを示唆した

この発言によってトルコのEU加盟は
さらに困難になったという指摘もされ

EUやNATOとの関係を維持するのに
エルドアン政権が反乱兵士をどのように扱うかは
今後注目される点であろう

トルコで起きたクーデターはもちろん
非難されるべきだが
独裁を強める政権への抵抗だった
可能性も否定出来ない

イスラム民主主義の模範国が危ういのか

エルドアン現大統領は少し前までは
トルコを穏健なイスラムの民主主義国へ導いたとして欧米から称賛されてきた

アラブの独裁または強権国家には
模範であるとされてきたが
この数年の間に
批判する有力新聞を政府管理下に
置いたり
政権人事を側近や身内で固めてしまった

政教分離を国是とするトルコでも
イスラム教スンニ派が
人口の99%を占めている

宗教は生活の一部とされるが
大学の新学期には入学の女子学生が
スカーフをかぶって教室に入り
毎年のようにデモ騒ぎとなっていた

顧みれば、軍人ケマル・アタチュルクが
古いトルコ社会を共和国に
造り直してから軍は政治の
お目付け役のようでもあった

政治的内紛や
100%を超すインフレ
各地の暴動、また冷戦下での
社会不安のたびごとに軍は介入し
しばしの安定を取り戻すということを
繰り返してきた

軍の政治介入は中東では珍しくないが
トルコの民主主義は形のうえでは
複数政党政治ではあるものの
実際には国家安全保障会議という
軍幹部を含む毎月の会合が政府に
「助言」を与えていた

状況が一変したのが、2002年の
総選挙だった
その前年に結党の公正発展党が
圧倒的な勝利をおさめたのである

「貧しく、疎外され、沈黙を強いられ、
搾取を受け続けてきた者たちの反抗」と称された

イスタンブールの財閥や
利得ばかりを欲しがる政治家に対する
貧しき庶民の反抗であり
反抗を連帯させたのは清廉を何より尊ぶ
イスラムという宗教だったのである

イスタンブールのカリスマ市長だった
エルドアン現大統領は
モスクのミナレット
(尖塔(せんとう))を
銃剣にたとえる危険な詩を
朗読したとして宗教的憎悪をあおる罪で
刑を受けていたが
それも人気の一つとなった

政教分離をたてに長く宗教的熱情を
抑圧され選挙で勝っても
つぶされてきたイスラム勢力が
国民の支持を得て、国を安定させ
欧米諸国にトルコは
イスラム民主主義のモデル国とまで
言わせたのだった

中東全体を見渡せば
イスラムの信仰はもちろん広く
庶民に浸透している

しかしエジプトでムスリム同胞団が
弾圧されたようにイスラム組織の
政治参加はどの国でも
押しとどめられてきた

それをイスラム民衆の力で
打ち破ったのがアラブの春だった

トルコはそれよりずっと前に
イスラム民主主義を実現していたが
長期政権は内部で対立も
生んでいたようである

おびただしい流血の事態は
残念と言わざるを得ないが
テレビに映し出された映像から
戦車や銃を構える兵士に真正面から
向き合う市民の姿は見る者に勇気を
与えたのではないかと感ずる

いうまでもなくトルコは東西の大陸の
懸け橋であり、内戦のシリアの重要な
隣国でありイラクやイランと接し
地理的にしてもあるいは政治にしても
地域の安定に深くかかわっている

トルコ3

再びイスラム模範国に

米国や欧州は
エルドアン政権の独裁をいさめる
忠告を真剣にしたことがあっただろうか
真の友好国に忠告するのは
内政干渉ではなく助言である

欧米からみれば独裁国でも
安定していた方が都合よい
いわゆる欧米の二重基準
ダブルスタンダードである

中東の混乱を収拾するためにも
語りかけるのは日本を含む世界の
任務であり支援はまだまだ必要である
トルコはイスラムの民主国家として
再び模範を示してほしいと願うのである

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