成宮寛貴母との死別弟を育て上げた過去||家族の絆に感動の声

成宮A

「怪盗 山猫」出演の成宮寛貴が羽を休めた大阪歓楽街のマル秘スポットとは

1月16日(土)から亀梨和也主演で放送が始まった、「怪盗 山猫」(日本テレビ系)
ジャニーズ主演のドラマとあって、放送前から連日CMを流すなど
テレビ局側も気合が入っている

このドラマで脇を固めるのが雑誌記者に扮する成宮寛貴である

原作の小説では天才怪盗である山猫が窃盗を繰り返しながらも
世の中の悪を裁くという、現代版石川五右衛門のようなストーリーで
成宮が演じる勝村英男はそんな山猫を追う雑誌記者という設定である

成宮は今年3月に公開される大人気マンガの映画版
「映画 暗殺教室~卒業編~」にも出演
近年の活動を振り返っても、「梅ちゃん先生」(NKK・12年4月~9月)
「相棒」season11~13(テレビ朝日系・12年10月~15年3月)
「花咲舞が黙ってない」第2シリーズ(日本テレビ系・15年7月~9月)など
人気作品に多数出演しており
今いちばん脂の乗った俳優の1人と言える

そんな成宮が、プライベートでひと息つく姿の目撃情報が発信された

「以前、大阪の兎我野町のビルで成宮くんを見ました
ビルは男性スタッフによる男性客向けのバーがたくさん入ったビルで
大阪では有数の“男の園”
成宮くんは女の子と一緒に飲んでいました
女の子は彼女ではなく、友達という印象でしたけどね」と
バーに居合わせた客から情報発信

ドラマに映画と慌ただしい成宮だが
私生活ではしっかりと息抜きが出来ているようである

「怪盗 山猫」の見どころ」

『全ての人をワクワクさせる圧倒的エンターテイメント
誰もが想像できない新しき土曜ドラマが始まる』とは
ドラマのキャッチフレーズ

卑劣な手段で金儲けをする企業から大量の資金を盗み出し
同時に悪事を暴く、天才怪盗・山猫(亀梨和也)
彼は義賊なのか悪党なのか、謎に満ちた怪盗山猫の動向は
世の人々の注目を集める

ある晩、山猫は、善人面の顔の裏で振り込め詐欺を行う
政治団体のオフィスからその悪事の証拠となるデータを盗み出そうとするが
魔王と呼ばれる謎の天才ハッカーに邪魔される

山猫は、魔王の正体を知るために雑誌記者の勝村(成宮寛貴)に接近
山猫は勝村から、魔王の正体が女子高生・真央(広瀬すず)だと聞き出す
真央は、ハッキングで顧客情報を盗み
個人情報を扱う会社の社長を務める父親に渡していた

山猫は真央の前に現れ、真央の父親の会社から金を盗むと宣言
しかし、その会社の金庫は、完璧なセキュリティシステムに守られていた
果たして、山猫は狙った金を盗み出せるのか
彼の真実の目的とは

スポンサーリンク

成宮寛貴の弟の大学入学秘話
名前を傷つけてまで守った兄弟愛とは
 
イケメンでスマートな顔立ちから女性ファンも多いが
男性ファンも多く、底堅い人気を誇る俳優である

そんな成宮寛貴には弟がいるが
弟の大学入学エピソードから、その壮絶な生い立ちと
兄弟愛が語られている

成宮寛貴は幼い頃から、弟が一人という兄弟構成の
母子家庭で育った

経済的には決して楽な状況ではなく、
稼ぎ頭の母親も病気で休むことが多かったという

小学生時代は個性的な性格だったこともあり
物がなくなったり、殴られたりと
ずいぶん長い間いじめを受けていたと語っている

しかし母親は「ココで負けたら全てが終わり」と
息子を励まし、毎日学校に送り出していた

中学生になってからは、他人と合わせることを覚え
いじめはなくなったが
自分らしく過ごすことが出来なかったこの時代
また違った意味の苦悩の期間であったと言う

そんな成宮寛貴を支えていた母親も、
中学生の時に亡く成ってしまい
その後は祖母と弟の三人で暮らすようになった

経済的に本格的に切迫した状況に追い込まれ、
高校への進学を断念する

バイトをしながら弟の面倒を見ることを決意し

この頃はガテン系(求人誌)のアルバイトをして、
生計を立てていたようで、通学する弟のお弁当も作り
かなり頑張っていたと言う

しかし、周りが高校生活で青春を桜花しているのに
自分の生活に疑問を抱いてしまったり
弟が思春期を迎えたこともあり、
難しい時期でもあったようである

追い詰められてしまった成宮寛貴は弟を家に残し
家出をする事になる

新宿2丁目時代と役者デビュー

成宮C

家を飛び出した成宮寛貴は、
紆余曲折を経て、新宿2丁目で働くことになる

新宿2丁目と言えば、男性の同性愛者が集うことで有名な町

成宮寛貴はその甘いマスクと可愛げのある雰囲気で
働き先ですぐに人気の存在となる

しかし、家に残してきた弟のことが心配になり、
程なくして再び家に戻る事になる

ちなみに成宮寛貴は役者デビューをしてからしばらく、
弟と二人暮らしをしていたようである

外泊するときは必ず電話をして、
常にその安否を気遣っていたとか

やはり成宮寛貴にとって
弟はかけがえのない存在だったのかも知れない

しかし、18歳を迎える頃になると、
周りの仲間が大学進学をしていく中で、
取り残されて行くような感覚を感じ始めたと言い

「何かないか、何かしなくちゃ」

という感情を抱え、葛藤する日々が続いたと言う

そんな日々が続く中
新宿2丁目に来ていた女優のかたせ梨乃さんが、
成宮寛貴を宮本亜門さんに紹介

そして宮本亜門さんの舞台のオーディションを受け
見事3000にの中から合格して
役者としてのキャリアをスタートさせる

成宮寛貴が(2000年)18歳の時である

その後は数々のドラマや映画に出演しながら、
役者としてのキャリアを積んでいく

一方で、端正でキレイな顔立ちが別の形で人気に火をつけ、
女性誌の表紙を飾るようになっていく

今までに発売をした写真集は5冊を数え、
役者であるにも関わらず、アイドル的人気も誇っている

21歳の時には、芸能界で「鬼」と呼ばれる、
演出家の蜷川幸雄さんの舞台に出演

叱られ、罵倒されながらも食らいつき、
見事舞台を成功させる

そして2010年にはドラマ「ヤンキー君とメガネちゃん」で
初の連続ドラマでの主演を果たし
その2年後にはドラマ「相棒」で3代目の相棒として抜擢

成宮寛貴は2009年のインタビューの時
次のように語っていた

「誰かと結婚して家庭ができたら、家族は苦労させたくないし、
自分で全部養ってあげたい

だけど、まだそこまでの経済力はないですね
今は弟の学費だけで精いっぱい
まだまだ自分(たち)のことだけでいい、という感覚です」

弟さんは大学に進学し、東京理科大の大学院まで進んで無事に卒業

過去のこととはいえ、新宿2丁目で働いていたという事実は
異性だけでなく、時に同性からも批判的に見られがちであるが

「大事な弟を守るためならば」と思って働きました
デビュー後に芸能界でそのことが噂になると、
「別に隠すことではない」
と新宿2丁目で働いていたことを認めている

自らの名前が傷つき、人気が急落するような事態も
想定される中、かなり勇気のいる言動である

ルックスだけでなく、弟を思いやる優しさや、
自分の事を隠さずさらけ出す生き様が
男女問わず人を引きつける魅力の秘密なのかもしれない

成宮寛貴といえば芸能界きってのモテ男
女性ファンは女子高生から40代までと幅広く
少年のような無邪気さと、時折見せる男の
色気みたいなものを併せ持ち世の女性はメロメロのようだが

成宮寛貴の場合、女性からだけではなく
男性からもモテてしまうようで
男性で成宮寛貴のことを好きな人には髪型やファッションが
好きという人から
性的な意味で彼のことが好きな人もいるようである

成宮寛貴はその見た目から
男女問わずモテるのはなんとなく理解できるが
なぜ、ゲイとまで言われるようになったのか

成宮寛貴にはゲイとされてしまう要素が盛り沢山で
ゲイというのが単なる噂だけでなく
真実である可能性が高いといわれる

成宮寛貴は、なよなよした仕草からなんとなく
ホモッぽいとデビュー当時から言われていたが
本格的に「ゲイなんでは」と言われだしたきっかけは
2008年に「笑っていいとも」のテレフォンショッキングの
ゲストとして出演したときの発言にあるようで
当時のテレフォンショッキングはまだゲストが友達を
紹介する形式だったのですが
その紹介した友達が芸能界で一番ゲイの可能性が高いと言われていた
平井堅だった為である

まぁ、平井堅だってノンケの友達はいるだろうし
テレビで成宮寛貴が友達だと紹介してもすぐに
ゲイと言われることはなかったと思われたが
成宮寛貴はタモリに「どういう知り合いなの?」と聞かれ、、、

「よく道で会うんですよ!」と答えてしまった
この成宮の言葉を聞いていた世のゲイの方達(特に二丁目の方達)が、、、
「よく会うって、二丁目の道で会うんじゃないの」
と騒ぎ出したと言う

平井堅の二丁目好きはこの頃すでに有名で
仕事そっちのけで入り浸っているなんて噂もあり
この成宮寛貴の言葉はいっきに
彼がゲイなんではないかという疑惑を産んでしまい
その後俳優仲間の中には彼を意識的に避ける人までいたと言う

成宮寛貴は、撮影現場などでよく、お姉言葉を使うそうで
「~したらいいじゃな~い。」、「そう思うでっしょ。」などと
言うことがあるのを周囲の関係者が証言している

文字にするとあまりお姉言葉に感じないのですが
「~」、「っ」の部分がヤバく
普通の男子はあまり使わないイントネーションである

笑っていいともに出演してからの成宮寛貴は
そのお姉言葉もあって後輩の俳優などから恐れられるようになり
彼を見る後輩たちの目が明らかに怯えていたと
周囲の関係者は語っていた

さらに、成宮寛貴がゲイなんではないかという
疑惑が色濃くなった原因は、彼が10代の頃に
新宿二丁目で働いていたという噂

新宿二丁目といば「ゲイの聖地」
普通にアルバイトする感覚で働く場所では無いといわれる

成宮寛貴が芸能界入りしたきっかけは
女優のかたせ梨乃が成宮を見て気に入り
芸能界に誘ったからとされています

ただ、それだけなら単なるラッキーボーイ話なんですが
かたせ梨乃が成宮寛貴を知った場所は新宿二丁目
(ちなみにかたせ梨乃は成宮寛貴を
ホストクラブで発掘したと言っていたようですが、、)

ファンにとってはショックでしょうが
新宿二丁目で働いていたことは本人も認めていて
「別に隠すつもりもない。」と男らしい発言をしているので
事実であることは間違いないようである

ところで、新宿二丁目というところは
「売り専バー」というのがあり
お客はその気がある男性で、店内は一見すると
スナックのようなつくりになっているが
カウンターには若い男子が並んでいて
お客はその男の子達から気に入った子を選び
ママ(パパ?)にお金を払い外へ連れ出す

つまり、スナックを装った男性バージョンの
連れ出しスナックである

ネットや雑誌では成宮寛貴は「ゲイバー」で
働いていたことになっているようだが
彼はこの「売り専バー」で働いていた可能性が高いのである

というのも成宮寛貴が新宿二丁目でよく見かけられたのは
彼が16~18歳ぐらいの間で
夜の仕事をしてはいけない年齢なのである

新宿二丁目の「ゲイバー」はちゃんと
警察に届け出ているお店ばかりで
18歳未満の人を使っていることが警察にばれてしまうと
営業停止になってしまうので
18歳未満は働く事が事実上無理

其の点「売り専バー」は元々グレーな店なので
18歳未満の男の子を使うことも昔は
よくあったと語られている

成宮寛貴は家出したときに新宿二丁目で
働きだしたとされているが
「売り専バー」には簡易的な寮のようなものがあることが多く
成宮寛貴もこの売り専バーの寮に住んだんではないかといわれる

「成宮くんのことは当時凄い二丁目で噂になってました
私も成宮くんみたいな美少年なら一度試してみたかったんですけど
成宮くん働いていたお店は私のようなオカマは
入れてくれなかったんで試せなかったの
残念だわ
でも、成宮くんのファンはいっぱいいたから
彼もそうとう稼いだんじゃないかしら。」と
ある店のママ(パパ?)は語っていたという

数年前に成宮寛貴が新宿二丁目で
オネエ言葉を話す男性に暴力をふるうところが
目撃されて話題になったという

男性はどうやら成宮の昔のゲイ仲間だったようで
二丁目で久しぶりに見かけた成宮寛貴に声をかけたところ
無視されたので「無視しなくてもいいじゃな~い」と
言いながら抱きつこうとしたところ成宮寛貴に殴られたそうである

家出して金に困り

成宮寛貴の場合、家出してしまい、金に困り
「どうしよう?」と悩んだとき、たまたま見た
新聞の求人欄に載っていたのが
二丁目の求人広告だったといわれ

軽い気持ちでやり始めた二丁目の仕事だが
成宮のルックスをもってすれば
売れっ子になるのに時間はかからず
すぐに生活は安定したようで

「こんなヤバイ仕事早く辞めて家に帰ろう」と思い
とりあえず弟が待つ家に戻った
しかし、成宮寛貴は家出をやめた後も
二丁目での仕事を続けていたようで

その後成宮寛貴は複数のパトロンがつくほど
新宿二丁目で売れまくり、稼ぎまくって弟の学費を
捻出したんだそうです

現在の成宮寛貴を見ていると
そんな辛い生い立ちを持っていたとは到底思えないが
そんな辛い過去を他人に感じさせずに生きている成宮寛貴はとても心が強く
また、弟への愛情をとっても凄く優しい人間であることが感じとれる

10代の頃から守るものを持ち
それを立派に守ってきた成宮寛貴は
例えゲイやバイだったとしても男の中の男と言える

成宮寛貴のプロフィール

本  名  ☆平宮博重(なりみや ひろしげ)
生年月日  ☆1982年9月14日
出 身 地  ☆東京都
身  長  ☆172cm
血 液 型  ☆A 型
兄  弟  ☆弟(6歳下)
学  歴  ☆港区立三田中学校卒業

「成宮」は芸名なんですが
本名も「平宮」と書いて「なりみや」と呼ぶそうです

代表作
オレンジデイズ
ブラッディ・マンデイ
ハチミツとクローバー
ヤンキー君とメガネちゃん
相棒
ドロップ
ごくせん
アンフェア
のぼうの城

成宮4

成宮寛貴の生い立ち

成宮といえば、その生い立ちにはとても
苦労が多かったということは有名な話です
チャラい役も多く、その見た目とのギャップに
驚いた人も多いだろう

両親は幼い頃に離婚
成宮と6歳下の弟
母親の3人での生活が始まる
「子供のころはすごく貧乏だった」と成宮は語っているが
一方で
「母親の選んだラルフローレンの服ばかり着せられていた」とも語っている
ラルフローレン、とても小学生の
ましてや男児の普段着においそれと着せられる物では無い
これを着せられると言う家庭は
経済的にかなり余裕がないと無理な様な気がする

母子家庭、服装のことや、個性が強く友達とうまく付き合うことが
出来ない性格からクラスメイトによるイジメ
物がなくなったり、暴力、押さえつけられて
口の中にツバを吐かれたこともあったんだと

母親には「そこで負けたらおしまいよ!」と言われていたため
学校を休むことはありませんでした。しかし
そんな経験から、中学生になると自分を隠して
他人と合わせる術を身につけていたと語っている

母親の死

そんな中、中学2年生、14歳のときに母親が亡くなってしまう
母子家庭で母親を失うって、子供の心にはどれだけ大きな
悲しみと不安を抱えたことか… 弟はまだ8歳の時である

その後、祖母が成宮さんら兄弟を引き取ったと言う事がだ
実はこの祖母とは血がつながっていなかったと
インタビューで明かしている

「祖母」というのは、成宮家のお手伝いをしていた女性だそうで
親を亡くした幼い子供たちを不憫に想い引き取ることにしたのか
生前に母親と交わした約束だったのかは分からないが

しかし先ほどのラルフローレンの洋服の話もそうだが
お手伝いさんを雇えるほど裕福な家庭だったのかという
疑問が沸いてくる

もしかしたら実の父親は経済力のある人で
お手伝いさんも父親と暮らしていたご縁の方なのかと察する
ちなみに父親は健在と言う事である

本当に生活が苦しかったのか
一寸疑問に感じる部分もあるのだが

スポンサーリンク

スポンサーリンク

コメントを残す

サブコンテンツ
2017年6月
« 5月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

このページの先頭へ

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。